企業が扱うデータ量は年々増加し、社内に蓄積される情報は膨大になっています。しかし、必要な情報を瞬時に見つけ出すのは容易ではありません。従来のエンタープライズサーチ(企業向け検索システム)は、キーワード検索や全文検索が中心であり、検索ワードの工夫が求められるなどの課題がありました。
ここで注目されているのが生成AIを活用したエンタープライズサーチです。ChatGPTやMicrosoft Copilotのような大規模言語モデル(LLM)が発展し、検索システムに組み込まれることで、従来のキーワード検索を超えた「意図を理解する検索」が可能になっています。
本記事では、生成AIがエンタープライズサーチにどのような変革をもたらすのかを解説し、企業のDX推進や業務効率化にどのように貢献するのかを掘り下げます。さらに、実際の導入事例やメリット・リスクについても詳しく紹介します。
エンタープライズサーチとは?基本概念と従来の課題
エンタープライズサーチとは、企業内に蓄積された膨大なデータから、必要な情報を迅速に検索・取得するためのシステムを指す。一般的な検索エンジンとは異なり、企業の業務環境に特化しており、社内の文書管理システム、メール、データベース、クラウドストレージなど、さまざまな情報源を統合して検索できるのが特徴だ。
企業では、社内のナレッジを有効活用し、業務効率を向上させるためにエンタープライズサーチを導入するケースが増えている。しかし、従来の検索システムにはいくつかの課題があった。
従来のエンタープライズサーチの課題
- 検索精度の限界
キーワードベースの検索が主流であり、ユーザーが適切な検索語を入力しなければ、求める情報を正しく取得できない。また、同義語や略語、表記揺れがある場合、検索結果にばらつきが生じる。 - 情報の分散
企業内の情報は、ファイルサーバー、クラウドストレージ、メール、社内SNS、基幹システムなどに分散しており、一つの検索システムでは網羅できないことが多い。異なるシステム間での連携が不十分だと、必要な情報が見つからない原因となる。 - アクセス権限の管理
企業内の情報は機密性が高いものも多く、適切なアクセス権限管理が求められる。従来のエンタープライズサーチでは、検索結果にアクセス権限を適用するのが難しく、情報漏えいのリスクがある。 - 検索速度とパフォーマンス
データ量が膨大になると、検索速度が低下し、業務の生産性にも影響を及ぼす。特に、大規模なデータベースを扱う企業では、リアルタイムでの高速検索が求められるが、従来のシステムでは限界があった。 - 運用コストの負担
エンタープライズサーチの導入・運用には、高度な設定やメンテナンスが必要であり、IT部門の負担が大きい。また、検索結果の精度を向上させるためのチューニング作業が求められることも多い。
これらの課題を解決するために、近年では生成AIを活用したエンタープライズサーチが注目されています。
生成AIの進化とエンタープライズサーチへの影響
近年、生成AIの技術が急速に発展し、エンタープライズサーチにも大きな変革をもたらしています。従来の検索システムは、キーワードをベースにした単純なマッチングが中心であり、ユーザーが適切な検索語を入力しなければ必要な情報を見つけるのが難しいという課題がありました。しかし、生成AIの活用により、検索の精度や利便性は飛躍的に向上しています。
生成AIの進化と基礎技術
生成AIとは、大量のデータを学習し、新しいテキストや画像を生成できる人工知能技術です。特に、近年注目されているのが大規模言語モデル(LLM)で、自然言語処理(NLP)の分野において飛躍的な進歩を遂げています。エンタープライズサーチにおいても、こうした技術の導入が進んでおり、検索体験が大きく変わりつつあります。
代表的な技術として、以下のようなものが挙げられます。
- GPT(Generative Pre-trained Transformer)
OpenAIが開発した言語モデルで、文脈を理解した自然な文章を生成する能力を持ちます。エンタープライズサーチでは、検索クエリの意図をより正確に解析し、適切な回答を導き出す役割を果たします。 - BERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers)
Googleが開発したNLPモデルで、前後の文脈を考慮しながら単語の意味を解析します。特に、検索エンジンのアルゴリズムに組み込まれており、自然言語検索の精度向上に寄与しています。 - T5(Text-to-Text Transfer Transformer)
Googleが開発したテキスト生成モデルで、検索クエリをより適切な形に変換し、最適な情報を提示するために活用されます。
これらの技術により、検索システムは単なるキーワードマッチングを超え、より高度な情報解析と検索結果の最適化が可能になっています。
生成AIがエンタープライズサーチにもたらす変革
生成AIを活用することで、エンタープライズサーチの利便性は格段に向上します。従来の検索システムでは難しかった「検索意図の理解」や「検索結果の要約」が可能になり、企業内の情報活用がよりスムーズになります。
- 意味を理解する検索
生成AIは、単なるキーワードの一致ではなく、検索クエリの意図を解析し、最適な回答を提供する。例えば、「新製品の売上データを知りたい」と検索すれば、売上データのレポートや関連する分析情報が自動で提示される。 - 文脈に応じた応答生成
生成AIを組み込んだ検索システムは、単なる文書リストの表示にとどまらず、問い合わせ内容に応じた要約や回答を生成する。たとえば、「昨年度のマーケティング施策の成功要因は?」と検索した場合、過去の資料を基にした分析結果が簡潔にまとめられる。 - 異なるデータソースの統合検索
企業内の情報は、メール、クラウドストレージ、CRM、ERPなど、多様なシステムに分散している。生成AIを活用すれば、これらの異なるデータソースを横断的に検索し、最も関連性の高い情報を素早く抽出できる。 - 多言語対応
生成AIは複数の言語を処理できるため、グローバル企業においても言語の壁を越えた情報検索が可能だ。たとえば、日本語の問い合わせに対して英語の資料を要約し、分かりやすい日本語で提示することもできる。 - 検索の自動最適化
検索履歴や利用者の行動データを分析し、個々のユーザーに最適な検索結果を提示する。これにより、検索精度が向上し、必要な情報を迅速に取得できるようになる。
生成AIの導入によって、エンタープライズサーチは単なる情報検索ツールではなく、企業のナレッジを最大限に活用するためのインテリジェントなプラットフォームへと進化しています。
次の章では、生成AIを活用したエンタープライズサーチの具体的なメリットとリスクについて詳しく解説します。
生成AIを活用したエンタープライズサーチのメリット・リスク
生成AIをエンタープライズサーチに導入することで、企業の情報検索の精度や効率は大幅に向上します。しかし、一方でリスクも存在するため、メリットと課題の両面を理解した上で適切に活用することが重要です。ここでは、企業にとっての主なメリットとリスクについて整理します。
生成AIを活用するメリット
1. 検索精度の向上
従来のキーワード検索では、ユーザーが適切な検索語を入力しなければ、求める情報を正しく取得することができませんでした。しかし、生成AIを活用することで、検索クエリの意味を理解し、適切な情報を提示できるようになります。たとえば、「来月の新製品発表会の資料」と入力すると、関連するプレゼン資料や会議議事録などが自動で抽出されます。
2. 業務効率の向上
エンタープライズサーチの検索結果に、生成AIが要約や補足情報を加えることで、ユーザーはより迅速に必要な情報を取得できるようになります。たとえば、長文の技術文書や契約書の内容を要約し、短時間で重要なポイントを把握することが可能です。これにより、調査や社内問い合わせにかかる時間を大幅に削減できます。
3. ナレッジマネジメントの強化
企業内には、過去の報告書やマニュアル、FAQなどの有用な情報が蓄積されていますが、それらが適切に活用されていないケースも少なくありません。生成AIを活用したエンタープライズサーチを導入することで、過去の知見を効率的に活用し、新たな業務改善やイノベーションにつなげることができます。
4. 多言語対応の強化
グローバル企業では、言語の壁が情報共有の妨げになることが多くあります。生成AIは複数の言語を処理できるため、たとえば英語の技術資料を日本語で検索し、要約を取得することが可能です。これにより、国をまたいだ情報活用をスムーズに進めることができます。
生成AIの活用に伴うリスク
1. 誤情報の生成(ハルシネーション問題)
生成AIは高い精度で情報を処理できますが、場合によっては事実と異なる情報を生成することがあります。これは「ハルシネーション」と呼ばれ、特にエンタープライズサーチにおいては正確性が求められるため、誤情報が混ざるリスクを十分に考慮する必要があります。
2. データセキュリティとプライバシーの懸念
企業内には機密性の高い情報が多く含まれており、生成AIがこれらのデータをどのように扱うかについては慎重に検討しなければなりません。外部のAIサービスを活用する場合、データの送信先や保存方法を明確に管理し、情報漏えいのリスクを最小限に抑える対策が必要です。
3. 運用コストと導入の難しさ
生成AIを組み込んだエンタープライズサーチは高機能ですが、その分、導入や運用にはコストがかかります。特に、自社データに適したAIモデルのチューニングや、検索結果の精度向上のための継続的な改善が求められます。IT部門の負担が増える可能性があるため、社内リソースとのバランスを考慮することが重要です。
4. 法規制とコンプライアンス対応
生成AIの活用に関しては、データの取り扱いやプライバシー保護に関する法規制への適合も求められます。特に、金融業界や医療業界など、厳格なデータ管理が必要な業種では、適用可能な範囲を慎重に検討しなければなりません。
まとめ
生成AIを活用したエンタープライズサーチは、検索精度の向上や業務効率の改善など、多くのメリットをもたらします。しかし、誤情報の生成やデータセキュリティのリスクも伴うため、適切な運用とリスク管理が不可欠です。
次の章では、企業が実際に生成AIを活用したエンタープライズサーチを導入した事例を紹介し、その成功要因や課題について解説します。
企業の導入事例(成功ケースと課題)
エンタープライズサーチの企業導入事例について、いくつかの代表的な例を紹介する。
製造業での活用
株式会社デンソー
- Neuron ESを導入し、設計書や技術レポートの効率的な検索を実現
- 社員一人あたり月間10時間以上の情報収集時間を削減
- 社内のナレッジシェアに貢献し、普段の業務ツールとして定着
株式会社アイシン
- Neuron ESの導入により、月間1,039時間の検索時間削減効果を達成
- 生産技術部門での資料作成時間の大幅削減に成功
IT・通信業での活用
丸紅情報システムズ株式会社
- Neuron ESを全社の検索プラットフォームとして採用
- 社内情報の有効活用と業務効率化を実現
株式会社QES
- Neuron ESの高速検索機能により、期待以上の検索結果を実現
- 月額8万円の利用料で高いパフォーマンスを達成
建設業での活用
清水建設株式会社
- Neuron ESを全社横断検索プラットフォームとして採用
- 長年蓄積された膨大な情報資産から必要な情報を効率的に検索
製薬業での活用
AstraZeneca
- Sinequaプラットフォームを導入し、特定分野のエキスパート社員を効率的に特定
- 複雑な研究問題の解明とコラボレーション促進に貢献
- ドラッグリポジショニングや上市までの期間短縮を実現
これらの事例から、エンタープライズサーチの導入により、情報検索時間の大幅削減、業務効率化、ナレッジシェアの促進など、さまざまな企業で具体的な成果が得られていることがわかります。
まとめ
生成AIを活用したエンタープライズサーチは、企業の情報検索の在り方を大きく変えています。従来のキーワード検索では対応が難しかった検索クエリの意図理解や、異なるデータソースを横断的に検索する機能を備え、より迅速かつ正確な情報取得が可能になりました。
導入企業の事例を見ると、検索時間の短縮や業務効率の向上、ナレッジマネジメントの強化など、具体的な成果が出ています。一方で、誤情報の生成やデータセキュリティ、運用コストなどの課題もあり、適切なリスク管理が求められます。
今後は、リアルタイムデータ処理の強化、AIによる検索最適化、セキュリティ対策の向上など、さらなる進化が期待されます。企業にとっては、生成AIを活用したエンタープライズサーチを適切に導入し、自社の業務環境に最適化することが、情報活用の高度化や競争力の強化につながるでしょう。
技術の進化を見据えながら、企業ごとのニーズに応じた最適な活用方法を模索していくことが重要です。
この記事を書いた人は

株式会社ナンバーワンソリューションズ
堂本 健司
広報・マーケティングリーダー|生成AIの業務変革の推進者
生成AIを活用し、広報・マーケティングの業務フローを大幅に効率化。社内トップのAI活用者として、生成AIの導入を通じて業務改革を実現。市場調査や導入事例をもとに、経営層に対してわかりやすく効果的なレポートを提供。常に最新技術を追求し、AIの力で企業のマーケティング戦略に革新をもたらしています。