監査法人や会計事務所で生成AIを使いたくても、クライアントの財務データという機密情報を扱う以上、守秘義務との関係が気になり、導入に踏み切れない事務所は多いはずです。大手がどう取り組んでいるか、中堅・中小には何ができるかを整理します。
なぜ監査・会計データはクラウドのAIに出しにくいのか
守秘義務という、公認会計士法で定められた義務
公認会計士法第27条は「公認会計士は、正当な理由がなく、その業務上取り扱つたことについて知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない。公認会計士でなくなつた後であつても、同様とする。」と定めています(出典: 日本法令外国語訳データベースシステム)。
平たく言えば、仕事で知った秘密を、資格を失った後も含めて正当な理由なく漏らしてはいけない、という義務です。クライアントの財務データをクラウドサービスに入力する行為が、この義務との関係でどう整理されるかは、避けて通れない論点です。
「独立性」という、監査ならではの事情
監査業務には、守秘義務に加えて「独立性」という論点もあります。監査人がクライアントと特別な利害関係を持っていると疑われると、監査の信頼性そのものが揺らぎます。クライアントの機密情報の扱い方は、この独立性の見え方にも関わってきます。
専門家団体も整理を進めている
日本公認会計士協会(JICPA)のテクノロジー委員会は2024年8月13日、研究文書第11号「監査におけるAIの利用に関する研究文書」を公表しています。
2019年1月公表の旧研究報告を更新するもので、生成AIに限らず監査で使われるAI全般について、理解を更新し具体的な論点を整理したものです(出典: JICPA公式サイト)。
専門家団体がこうした整理を進めていること自体が、AI活用がもう「検討するかどうか」ではなく「どう検討するか」の段階に入っていることを示しています。
オンプレミスAIなら何が変わるのか
確認すべきことが、そもそも発生しない
オンプレミス環境で動く生成AIであれば、クライアントの財務データや監査調書を外部に送信せずに処理を完結できます。
クラウドの汎用AIサービスを使う場合、入力データが外部のモデル学習に使われないかどうかの確認が必須になりますが、オンプレミス運用であれば、そもそもデータが事務所の外に出ないため、守秘義務との関係を整理する負担自体を小さくできます。
実際にどんな業務で使えるのか
具体的には、次のような業務での活用が考えられます。
- 過去の監査調書・会計基準・内部マニュアルを検索しやすい形にまとめ、調査業務を効率化する
- 会計仕訳データの中から異常な取引パターンを検知する
- 有価証券報告書や決算説明資料の作成を支援する
Cosnexのようなオンプレミス型のAIデータ統合プラットフォームであれば、社内に散在する文書をナレッジ化しつつ、処理をすべて自社内で完結させることができます。
大手はどこまでやっているのか、自分たちには何ができるのか
大手は自前で高度なツールを作っている
EY新日本有限責任監査法人は、不正会計予測ツール(2016年に開発着手)、特許を取得した仕訳の異常検知ツールに加え、生成AIを活用した「財務諸表監査手続サポート機能」「財務諸表開示チェックサポート機能」を開発し、約350社の監査で活用、データ分析ツールの利用率は上場会社監査業務で97%に達しているとしています(出典: 共同通信PRワイヤー、2024年9月18日発表分)。
有限責任あずさ監査法人(KPMGジャパン)も、チャットボット「AZSA Isaac」と、全取引を対象に異常な項目を特定する「AI Transaction Scoring(AITS)」を導入しています(出典: KPMGジャパン公式サイト)。
ここが中堅・中小にとっての現実的な道
ただし、これは相応の投資余力とデータサイエンス人材を持つ大手だからこそできる取り組みです。中堅・中小の監査法人や会計事務所が同じ体制を自前で構築するのは現実的ではありません。
一方で、大手が自社開発で実現している「文書検索の効率化」や「異常検知」という効果自体は、既製のオンプレミスAI基盤を導入することでも得られます。自前で作るか、既製のものを使うか、という選択の違いだと考えると分かりやすいはずです。
隣接業界の動きも参考になる
会計業界に隣接する税理士業界でも、生成AI利用に関する自主的なガイドライン整備が始まっています。辻・本郷税理士法人は2025年9月1日、生成AI利活用ガイドラインを策定したと公表しています(出典: 辻・本郷税理士法人公式サイト)。
これは税理士法人の例であり監査法人そのものの事例ではありませんが、お客様の重要情報を扱う専門家業として情報セキュリティとプライバシー保護を最重要課題と位置づけている点は、監査法人・会計事務所にも共通する考え方です。
何から始めればいいか
クライアントの財務データのような機密性が特に高い業務からいきなり始める必要はありません。実務では、次のような順番で進めるのが現実的です。
- 現状把握: どの業務でクライアントの機密情報を扱っているか、守秘義務・独立性の観点で特に注意が必要な業務はどこかを整理する
- 小さく始める: 社内のマニュアル検索や過去の調書整理など、影響範囲を限定しやすい業務から着手する
- 守秘義務・独立性の観点から問題がないことを確認する: 契約内容や各法人・事務所の情報管理方針と照らして確認する
- 対象業務を広げる: 効果と論点整理ができた範囲から、段階的に対象を広げる
費用はどう考えればいいか
オンプレミスAIの導入費用は、扱う業務の範囲・既存システムとの連携・必要なハードウェアの規模によって変わります。大手監査法人のように自社開発チームを抱えるのではなく、既製のプラットフォームを使う場合、初期の開発投資は抑えられます。
クライアントごとに扱うデータの機密度が異なることが多いため、まず事務所内の共通業務(マニュアル検索・過去調書の整理など)から導入し、効果を確かめながら個別クライアント対応へ広げていく進め方が現実的です。
よくある質問
クライアントの同意なく、監査データをAIに読み込ませてよいのですか
契約内容や各監査法人・事務所の情報管理方針によります。オンプレミス運用はデータを外部に出さないための技術的な手段の一つであり、それだけで公認会計士法上の守秘義務や契約上の論点がすべて解消されるわけではないため、個別に確認が必要です。
JICPAの研究文書は、生成AIの利用を推奨しているのですか
研究文書第11号は、監査で利用されるAI全般について理解を更新することを目的とした整理文書であり、特定のAI活用を推奨するものではありません。
大手監査法人のようなAIツールを、中堅・中小の法人でも持てますか
大手と全く同じ独自開発ツールを持つことは、投資規模の面で現実的ではありません。ただし、文書検索や異常検知といった同種の効果は、既製のオンプレミスAI基盤を導入することでも得られます。
税理士法人の例は、監査法人にもそのまま当てはまりますか
税理士法人と監査法人では、依拠する法律や業務内容が異なります。辻・本郷税理士法人のガイドラインは一つの参考例として紹介していますが、監査法人が同様の取り組みを行う場合は、監査業務特有の守秘義務・独立性の観点から改めて検討する必要があります。
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